制作会社ユーフォーテーブルの社長有罪でアニメ業界の構造的問題が明らかに
「2020年6月に脱税容疑で告発されて以降、新規のアニメ制作の仕事を受けておらず、それ以前に受けた仕事を続けています。(告発後に)経営面の問題はなく、オファーは多数いただいていますが、最初から赤字と分かっているアニメの仕事を受けるのはもうやめました」
「鬼滅の刃」の制作会社であるユーフォーテーブル有限会社と、同社創業者で社長の近藤光被告(52)が法人税法違反などの罪に問われた脱税事件で、東京地裁は12月10日、被告に懲役1年8カ月、執行猶予3年、同社に罰金3000万円の有罪判決を言い渡した。
これに先立つ11月1日の第2回公判の本人尋問で近藤被告から飛び出した衝撃的発言。
現金を少しでも確保しておきたかった
ユーフォー社は12年8月期以降、『Fate/Zero』『Fate/stay night』『活撃 刀剣乱舞』『鬼滅の刃』といったテレビ版と劇場版のアニメ作品を立て続けにヒットさせた。
近藤被告はこうした作品に関するイベントを「ufotable Cafe」や「マチ★アソビCAFE」など自社運営の飲食店で開催し、そこで関連グッズを販売することでカフェとグッズ双方の売上を伸ばした。その過程で被告を襲ったのが、脱税の誘惑だった。 「弊社で利益が出ているのは、実のところカフェ事業と作品のグッズ販売。現在までアニメ制作を続けて来られたのはこの2つがあったからですが、作品がヒットせずカフェの集客やグッズ販売に見込みが立たなくなると、スタッフの給料や制作にかかる経費も支払えなくなります。そこで何かあった時に運転資金に困らないようにするため、頼りになる現金を少しでも確保しておきたいと思いました」(近藤被告)
近藤被告が手を染めたのが、カフェなど飲食店の売上除外だった
そこで近藤被告が手を染めたのが、前述のカフェなど飲食店の売上除外だった。クレジットカード会社に納める手数料が高額のため、ユーフォー社が経営する飲食店はすべて現金決済。当初は各店舗の従業員がPOSレジスターで売上高を確認できる状態にあり、これを被告または従業員が回収していた。ところがある時点から被告が全店舗のPOSレジにロックをかけたため、従業員は売上高を確認できなくなった。
「夜中に弊社の倉庫に入ったアルバイト従業員が、SNS上に『いま倉庫にいるので、欲しいものがあれば』などと書き込んだりすることが重なった時期がありました。従業員が『ユーフォーテーブルはこんなに儲かっている』などとSNS上に書いたりしたらどうしようと不安になった私は、当時の責任者の従業員にPOSレジの運営会社と連絡を取らせ、レジのデータを削除するよう依頼して、ひとまず閲覧制限をかけてもらいました」(同)
結局、近藤被告とユーフォー社は、運営する複数の飲食店の売上金の一部を定期的に除外したり、制作したテレビアニメ作品『GOD EATER』の売上の計上時期を翌期に繰り延べたりして、所得を圧縮。15年、17年、18年の3期分の法人所得、合計約4億4100万円を隠し、法人税(地方法人税含む)と消費税(地方消費税含む)合わせて約1億3800万円を脱税した。
東京国税局査察部がユーフォー社や近藤被告の自宅を強制調査
19年1月半ばに東京国税局課税第2部資料調査第1課と中野税務署が同社の無予告調査に入ると、動転した被告はPOSレジのデータ削除を従業員に電話で指示した。だが数分後には「税務署にそのまま話すので何もしなくていいよ」と伝えたという。
さらに同年3月には東京国税局査察部がユーフォー社や近藤被告の自宅を強制調査、杉並区の被告の自宅から合計約3億6000万円の現金を発見した。現金は金庫にまとめて保管されていたのではなく、家の中に雑然と置かれていた。子供部屋の物置にあった紙袋に入った6000万円を査察官が見落とす“ガサ漏れ”があり、被告自身が連絡して所在を確認させたという。
国税局の調査を受けるまでの間、近藤被告は自宅に置いた現金を会社の経費支払いに充てていたほか、自宅の土地購入費(約7800万円)、徳島市に設立したスタジオの建築費(約1億1000万円)、さらには他の取締役が保有していたユーフォー社株の買取費用(約200万円)などに使った。
被告は脱税の罪を認め、追徴税額をすべて納付している。「私と会計担当の妻は報酬を現金で受け取っており、自宅にあった現金には私と妻の正当な報酬も含まれていました。カフェから回収した売上がこれ、私と妻の報酬がこれというような区別もせずに現金のまま置いていたので、1000円札や100円玉がたくさんありました。正当な報酬だけで(自宅の)土地代や建築費を賄えたので、脱税した会社のお金を自分で個人的に使った認識はありません。私は寝ている時以外は仕事をしているか、仕事のことばかり考えています。これといった趣味もなく、贅沢な暮らしをした覚えはありません。脱税したのは会社に何か困ったことが起きた時のために現金を置いておきたかったからです」(同)
作品を制作するたびに赤字に
「アニメ業界ではヒットする作品は10本に1本と言われ、今はそれより少なくなっているかもしれません。ヒットしないとグッズも売れないし、カフェにも客が来てくれないから、必死になって作ると赤字になってしまう。アニメ制作に求められるクオリティはどんどん高くなっていて、私もスタッフもそれに応えようと懸命に取り組んでいますが、クライアントから提示される制作費が安価なため、毎回、作品を作ると必ず赤字になる。弊社はたまたまヒット作が出たからいいけど、そうでないと倒産します。何で毎回、赤字の作品を引き受けて仕事しているんだろうと思いながら、ずっとやってきました。苦しかったです」(同)
平均作業時間は約230時間に対して平均年収は約440万円
この近藤被告の発言を裏打ちする、アニメ制作者の厳しい生活実態を示す統計が存在する。業界団体「日本アニメーター・演出協会(JAniCA)」が2019年11月に公開した「アニメーション制作者 実態調査報告書2019」によると、回答者382人の2017年の1カ月の平均作業時間は約230時間(有効回答312人)。これに対して平均年収は約440万円(同360人)で、約4割は年収300万円以下だった。
好況と言われるアニメ業界だが、シナリオ、絵コンテ、監督、演出、原画、動画、編集、プロデューサー、制作進行など、調査に回答した制作現場の関係者からは「食費すら厳しい」「心も体も金も余裕ない」「だんだん良くなったが、一般社会とはまだ差が大きい」「若者を使い捨てないで」など生々しい声が寄せられている。
東京地裁の田中昭行裁判官から「業界のベースを変えることは難しいのか」と尋ねられた近藤被告は、こう答えた。 「分からないです。少なくともお金が入ってきた時には、フリーの方に個人参加の形で支払うというのが、この業界では普通でした。でも、あれほど大変な作業をしてもらって、これっぽっちしか払えないのでは拙いということで、途中から月給払いの形に少しずつ変えていき、今回の事件もあって、希望するスタッフ全員を正社員にしました。スタッフにはこれまでの2倍程度のボーナスも支給しました。制作費のベースは少しずつ上がってはいますが、だからと言ってクライアント側が変わったわけではなく、スタッフ全員を正社員にすると経営的に厳しいのは分かっています。それでも僕は良いアニメ作品を作りたいからこの仕事をやってきたし、うちのスタッフは良いアニメでなければ喜んでくれないので、そこは変えたくない。それをどうやって進めていくか、ずっと考えています」
クライアントへの宣戦布告
検察官から最後に「将来の経営悪化に対する懸念に今後どう対応するつもりなのか」と尋ねられた近藤被告は、きっぱりとした口調でこう話した。
「20年6月に脱税容疑で告発されて以降、新規のアニメ制作の仕事を受けておらず、それ以前に受けた仕事を続けています。(告発後に)経営面での問題はなく、オファーは多数いただいていますが、最初から赤字と分かっているアニメの仕事を受けるのはもうやめました。現行のアニメ業界の制作費のベースが変わらないのなら、もう自分たちで何かやっていくしかないとまで思っています。今はこちらからビジネスを提案する形で仕事にならないか模索中です」
アニメ業界の新たな盟主となった近藤被告が、クライアントに制作費の引き上げを求めた“宣戦布告”なのかもしれない。